97年2月前半

ゴエモンは、相変わらずだるそうに寝ていることが多い。それでも朝6時、夕方6時になるとむっくりと起き出して「にゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃーにゃー」とうるさく餌の催促をするのだが。

ピーターは全くといっていい程、餌をくれと鳴くことはない。おそらくゴエモンと話し合いが出来ていて完全な分業制を敷いているのだろう。ピーターが何を担当しているかは未だに判らないけど。

ある日、いつも通りゴエモンに薬を投与し、餌を与えやれやれと思っていると、食べ終わったゴエモンを見て愕然とした。口のまわりが真っ赤なのだ。患部から血がだらだらと流れよだれと混じり合いそりゃぁもう、凄いスプラッタである。

ついに出血が始まった。先生からは、「その内出血しますから」と言われていたが、思いの他早かった。何度か拭き取ってしばらくすると、口から流れ出るのは治まるようでスプラッタにはならなくなるが、よだれに赤いものが混じるのは避けられないようだ。

うーむ。これは本格的に家具類をガードしなけりゃならないか、と考えたが、どうせ壁紙はビニールクロスだし、高級家具なんぞ置いている筈もないので、気にしないことにした。幸い床はフローリングなので気が付く度に拭き取って済ますこととする。実はセンターラグはかなり高価なのだが、もらいものなのでそのまま放置することに決定。いいかげんな夫婦である。

「よし、好きなだけ血を撒き散らしてかまわんぞ。」

とゴエモンに告げ、マイペットと雑巾がリビングの必需品となった。

出血が心配なので、病院へ連れて行くことにした。あの先生は「出血しちゃいましたか」と言いながら、ゴエモンの患部を消毒し始めたのだが、さすがに医者だ、と感心したのは、我々の消毒と全然違うことだ。

何が違うかというと、その方法は同じだが、決意が違う。我々はどうしても感情移入が激しくなり患部を拭う綿棒にもあまり力が入らないのだが、先生にとっては只の患蓄、かなりの力で患部を消毒している。

消毒液を直接患部へ注入する治療具を使ったときは、歯茎の穴の中へこれでもかという程押し込み大量の消毒液を流し込む。当然大量の血が出る。またもスプラッタである。

我々はゴエモンを押さえつけているが、いかに愛想の無い猫とはいえ、医者と飼い主の区別はつくのだろう、我々の方へ逃げようと必死でもがいて前足を伸ばしてくる。

「おお、お前もなかなか可愛い奴であったのだな、よしよし。」

とは思うものの、血だらけで来られては堪らないので、押さえる手に力を込めて「静かにしろ」と言い聞かせる。これでこいつは、ますます愛想の無い猫と化すかもしれない。

治療が終わり家に着いてみると、やはり愛想のない猫のままだった。

ゴエモンは餌を食べたあと、ソファに戻り敷いてあるムートンに「もみもみ攻撃」をするのがお気に入りで、発病後もそれだけはかかさずやっている。

「もみもみ攻撃」とは、座った姿勢から前足を交互にムートンに押しつけ喉をゴロゴロ馴らす、という人畜無害の攻撃で、子猫の時に母親の乳の出をよくする為に飲みながら行う行動が残っているもの、と聞いたことがある。

全部の猫が大人になってからもするものではなく、ピーターは全くやらない。早くに母猫と別れた愛情不足の猫が遠い過去を思いながらする行動だ、とも聞いたことがあるが、猫に聞いたわけではないので真偽の程は判らない。

ムートンへの「もみもみ攻撃」は構わないのだが、その最中同じ場所でやるものだから、さすがに血がつく量が多くなってしまう。可哀想だが、ソファをシーツで覆うことにした。

すると、いつもの様に餌を食べ終わったゴエモンはソファの上の定位置に戻り「もみもみ」しようとしたのだが、いつものムートンとは違う感触が肉球に伝わるのだろう、片手でちょっとシーツを触るとスッと手を引っ込める。今度はその隣を触るが同じように、出した軌道をそのままバックさせて手を引っ込めてしまう。そんなことを何度か繰り返したあと、こっちを見て情けない声で「にゃ」と鳴いた。

この光景がとてもおかしく、そのとき我々夫婦は笑い転げていた。妻などは涙を流している。ひどい夫婦だ。

さすがに笑いすぎと反省し、ほんの一部だけシーツを剥いでムートンを出してやると、ゴエモンは何事もなかったかのように「もみもみ」を始めた。この20cm四方がゴエモンのもみもみ専用コーナーとなった。

一緒に寝ているピーターは、とばっちりを受けて、ゴエモンのよだれでデロデロにされたあげく、体のところどころが赤く染まった猫になってしまった。本猫は気にもしていないようだが。よし、来週は風呂に入れるぞ。でも、これはこれでとても大変なのです。

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