6.海の不思議 <その1>−

ブラジルの砲艦<アラグアリ号>が、海面に漂う樽を発見したのは、1882年5月4日のことだった。船内に引き上げ中を見てみると、そこには封印された瓶があった。瓶をこわすと、今度は1枚の紙切れが出てきた。それは切り取られた古い聖書の1ページで、そこに黒いインクで次のような文書が書かれていた。

「<海の英雄号>の船上にて。乗組員の叛乱により船長は殺され、1等航海士は海に投げ込まれた。私は船を操舵するため生かされている2等航海士である。奴らはアマゾン川に向かっている。現在の位置は西経28度、南緯22度、速力は3ノット半。救助を乞う」

<アラグアリ号>のコスタ艦長がロイドの航海年鑑を調べてみると、<海の英雄号>は1866年の建造で、排水量460t、ハル港に所属し、船長はレギスという人物であることがわかった。艦長は直ちに<海の英雄号>の救助に向かった。

2時間後、<アラグアリ号>は<海の英雄号>を発見した。大砲による威嚇射撃で停船させ、乗り移り、叛乱者たちを逮捕武装解除し、2等航海士と叛乱に加わらなかった乗組員2名を救出した。

助けられたヘッジャー2等航海士は救助を感謝し、叛乱の様子を詳しく話したが、それは瓶から出てきた紙に書かれていることの繰り返しで、<アラグアリ号>の人間が知らなかったのは、船長の飼い犬も殺されたことと、船長の名前がレギスではなくロングスタッフということだけだった。やがて落ち着いたヘッジャーは、ふと気がついてこんなことを言い出した。

「ところで、皆さんはどうしてこの船の叛乱がわかったのですか?叛乱は今朝起きたばかりなのに。」

「いや、我々は君からのメッセージを見つけたのですよ。運がいい方だ、あなたは。」

「メッセージ?私はそんなものを出した覚えは無いし、第一そんな余裕は全くありませんでした。」

ヘッジャーのこの言葉を受けて、彼の前にさきの「メッセージ」が示された。ヘッジャーはこれを読んで首をかしげた。

「たしかに、ここに書かれてあることに間違いはありません。でも、これは私が書いたものではありません。そして叛乱に加わらなかった2人の乗組員のものでもない。我々は叛乱以来ずっと奴らの監視下にあり、そんなことができるはずはないのです。」

翌年、<海の英雄号>はイギリスに到着し、叛乱をおこした乗組員達は軍法会議にかけられた。そこで、信じられないような事実が明らかとなったのである。

この<海の英雄号>という名前は、16年前にロンドンで出版されたジョン・パーミントンの「海の英雄」という本から採られたのだった。当時、パーミントンは、本の宣伝方法として奇抜なことを思いて実行し、その結果非常に有名になった。

その宣伝方法とは、出版に先立ち、自著の中から適当に文章を選び、それを紙に書き写し瓶に入れ、海へ流すことだった。その瓶は次々と人々に拾われ、大いに宣伝効果をあげたが、それでもまだ数百個が行方知れずとなっていた。

その内の一つが16年間、海洋を漂い続け、絶妙のタイミングで<アラグアリ号>に拾われ、しかもその内容が今まさに<海の英雄号>に降りかかっている災難と何もかもピタリと符号したのだった。

こういうことを「偶然」でかたづけてしまっては、人生が面白くなくなると思うのだが、いかがだろうか。

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