ビール早飲みチャンピオン

翌日はイスラ・ムヘーレス島へのクルーズである。ここはカンクンの沖合10Kmに浮かぶ島で、「女達の島」という意味だそうだ。集合場所までタクシーで行き、船に乗り込む。かなり大きな船は観光客で一杯である。

このツアーもビール飲み放題であった。朝の10時から瓶ビールを片手に大騒ぎをしている。船内にはカリプソが流れ、とにかく陽気だ。もちろん私も素早くビールを確保し、おいしく頂く。

隣に座ったアメリカのおっさんは1年前まで東京に住んでいたそうで、詳しく住所を聞いてみると、なんと同じ町内であった。1年前なら私は既にその町内の住人であったから、

「どこかで会ったことがある筈だ」

などと盛り上がり、地球の反対側での再会を祝し、二人でビールを10本ほど空けてしまった。いやはや、よく飲むおっさんである。私もだけど。

島へ到着すると、ランチボックスの配給があり、2時間ほど自由行動である。この島の砂浜も海も空もすこぶる美しい。我々夫婦は3点セットを借りてスキンダイビングを楽しむことにした。適当な場所を確保し、さて海へ、と思ったが一緒に行ってしまうと荷物が不安である。

仕方がない、交代で見張りをすることにしたが、そこへ、日本人ご夫婦が声をかけてきた。同じ船に乗っていらしたようだ。お話を聞くと、ベネズエラ駐在の某商社マンとその奥様。今は休暇中でカンクンへいらしたとのこと。早速お互いの荷物番を交代で行うことにした。

まず我々夫婦が先に海へ行かせて頂いた。浅瀬の岩場を抜けるとすぐに水深3mほどになる。波が穏やかなのでゆったりと楽しむことができる。水はすこぶるきれいで、魚もたくさん泳いでおり、妻は満足したようだ。

30分ほど遊んで、交代の時間がきたので浜辺へ戻ることにする。妻は水面を泳いで行ったが、私は魚を見ながら水中を進んでいた。そろそろ岩場の入り口あたりだな、と顔を前方に向けたとき、私の目の前に異様な物体が。それは直径1mはあろうかという巨大な球体で、全体がピンク色をしており、水面近くに浮かんでいる。

これはなんだ。ブイにしてはでかすぎるし、第一、さっきまではこんなものはなかった。球体の正体がつかめないまま、私は水面に顔を出した。そこに私が見たものは……白人のおばさんの顔であった。おおそうか、ピンク色の球体はそのおばさんの体により膨張した水着だったのか。おばさんの体型にもびっくりしたが、合う水着があることにも驚いた。

商社マンご夫妻と交代して、私はビデオ撮影に専念することに。しかし日本へ帰ってから見てみると、水着のおねえちゃんしか写っていないことが判明し、むこう1週間の皿洗いを命じられてしまった。それなのにメキシコにはトップレスはいなかった。残念。

帰りの船もビール飲み放題、その上海賊に扮したおにいちゃん達が客を捕まえて無理矢理酒を飲ませる、というサービスも行っており、私もやられた。目を付けた客の頭を押さえ、口を開かせる。そこへペットボトルに入ったカクテルを流し込むのだが、これが噴射式になっており、ボトルの口から水鉄砲のように発射されるカクテルを、際限なく客の口に入れていく。満タンになると客の頭を両手でつかみ激しくシェイク、一丁あがりである。それほど強い酒ではなかったが、頭シェイクは結構きいた。でもおかわりを所望した私に、妻はあきれ顔であった。すまん。

甲板のバカさわぎを逃れて、妻と屋上へあがった。甲板の屋根の上に人工芝が敷き詰めてあり、吹く風がとても気持ちいい。しかし、バカさわぎはここでも始まっていた。

「ヘイ、ジャパニーズ!」

と叫ぶ声が聞こえた。近くのスピーカーからである。はて、たしかわしもジャパニーズじゃったかのう、と振り向くと、船首のステージ上でマイクを握ったおにいちゃんが私を指差している。わしかわしか、と自分の鼻を指差すと、そうだ、早くこっちに来い、と言う。

なんだなんだ、と訳もわからず出て行くと、そこには体格のいいおっさんやお兄さん方が4人並んでいた。端からアメリカ・フランス・メキシコ・カナダの方々だそうだ。そこにジャパンの私が加わってこれから「各国対抗ビール早飲み選手権」を行うという。

しまった、はめられた。しかし既にギャラリーが集まり、皆ひいきの選手の応援を始めている。なんと、私にも応援団がついてしまった。仕方が無い。既に昼飯のあとビールを5本ほど飲んでしまったがやるしかなさそうだ。私は覚悟を決めた。

5人の中でもっともでかいフランスのおじさんが一番人気のようだ。他の3人も皆私よりはるかにでかい。いかにも食い物が違います、という感じだ。しかし、私もビール早飲みに関してはいささか自信がある。以前田舎のお祭りで、飛び入り参加をし、優勝をかっさらった経験もある。みてろよ。

試合は、瓶ビールにストローを立て床に置き、選手は手を背中で組んで膝をついて飲む、というスタイルで行われた。これ、結構きつい姿勢である。瓶のサイズはさほど大きくなく、コロナビール程度と言えばおわかりだろうか。したがって、勝負はあっという間につく筈だ。

司会の合図で一斉に飲みはじめる。ギャラリーの声援も大きくなった。しかし、細いストローなのでとても飲みにくい。それでもがんばって息継ぎ無しに飲み干して顔をあげると、なんと、1着であった。本命と目されたフランスのおっさんは半分も飲んでいない。これはひとえに普段の鍛練の賜物である。人間何が役にたつかわからんもんだ。

司会が高々と私の右手をあげ、勝利宣言を行った。どこから来た、と聞かれたので

「さっぽろ」

と答えるが、わかった奴はいないようであった。あたりまえか。優勝商品は豪華ディナー券だそうだ。しめた、1食浮いたぞ。このあと大会は「各国対抗キス選手権」に移ったが、さすがにこれにはエントリーしなかった。まぁ、日本人には向かない競技である。

妻は私の勇姿をビデオに撮っていたようだが、確認するとまるきり写っていなかった。そうか。妻はメカ音痴だったっけ。仕方がないのでキス選手権を取りまくる。いやぁ、物凄いものですな、外人というのは。

ホテルに戻り、優勝商品のディナー券を開けると、そこから出てきたのはピザの宅配サービス券であった。しかもOPENは来月である。文句を言う筋合いのものではないが、ぬか喜びさせやがって。おもしろいじゃぁねえか。好きだぞ、こういうの。

サービス券はフロントのおねえさんに謹んで進呈し、我々は町のレストランへ食事に出かけた。ロブスターを腹いっぱい食べたが安くてうまい。部屋に戻ってまたもビールを飲んで寝る。ビールに始まり、ビールに終わった1日であった。

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